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西日暮里には本屋がない

この街に引っ越してきて1年になる。

 

文京区の外れ。

不忍通りの道灌山下の交差点を曲がれば、そこはもう荒川区。よみせ通りを歩けば、そこはもう台東区

文京区に住んでいると言えば、何だか良さ気に聞こえるかもしれない。

さらに、「谷根千」などと言うと、何だかオシャレな雰囲気さえ漂う。

 

しかし、問題は「西日暮里には本屋がない」ということだ。

 

ちなみに、このフレーズは引用で、引っ越し直後に「西日暮里」「本屋」で検索したら上位に出てきた誰かのブログのエントリーだったと思う。

 これまで住んできた街には必ず本屋があった。

東池袋にはジュンク堂が、笹塚には紀伊国屋書店があった。

しかし、引っ越してきて初めて、西日暮里には本屋がないことを知ったのだった。

 

それから1年が過ぎた。

どうやら、僕はこの街で老人になるまで暮らしていくことになりそうだ。

だから、また、何かを書いておきたいと思った。

 

学生の頃ブログを書いていた。

ツイッターフェイスブックもなかった時代だ。

備忘録のつもりで、お気に入りの講義ノートや、読んだ本の感想や、学生時代にありがちなアレコレを自分にしかわからない謎の暗号のような文章などを恥ずかしげもなく書いていた。

誰も読んでいないと思っていたのに、潜りで出席していたゼミの先生から突然ブログ宛にメールが届いたりして、慌てて過去の記事を書き直したりした。

それ以来、くだらない自己顕示に満ちたくだらない文章を大学卒業まで毎日書き続けた。

 

もう10年前のことだ。

今となってはむしろ読み返してみたい気もするが、それはできない。

プロバイダーに紐づいていたアカウントだったらしく、うっかりプロバイダー契約を解除したことでブログは消え去ってしまったからだ。

 

学生の頃は毎日本ばかり読んでいた。

だから、まさか本屋のない街に住むことになるとは想像しなかっただろう。

そして、まさかこんなに本を読まなくなるとも思わなかっただろう。

10年経ったけれど、くだらない自己顕示欲もくだらない文章も変わらないと思うけれど、僕がこの街で生きて、そして死んでいくまでの時間の中で、また何かを書いておきたいと思ったのだ。

 

本屋のないこの街だけど、僕は悪くないと思っている。